08年全米以来のグランドスラム4回戦進出となった錦織圭選手の相手は第6シード、ジョー-ウィルフリード・ツォンガ(フランス)。昨年10月の上海、全豪前週のクーヨン・エキシビの二度倒しているとはいえ、強敵であることには違いない。
ロッド・レーバー・アリーナのマレー vs ククシュキンがククシュキンのリタイアで早目に終了したため、豪チャンネル7ではこの試合を急遽生中継。奇しくも第2、3、5セットと、錦織くんが取ったセットだけ放送があった(第4セットの間はセリーナがマカロワに敗色濃厚となったため、そちらを中継)。
ここでは会場で得た感想と、録画を見た感想を合わせて。
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今年初めてハイセンス・アリーナでの観戦となった。席に着いたのは、第1試合のレジェンドダブルスが終わり錦織くんとツォンガの入場を待っている時間。ありがたいことに日陰の席だ。
ほどなく錦織くん登場。
本人はそこにいるのに、つい大画面に目が行ってしまう。
コイントスでツォンガはリターン、錦織くんはコートを選んで向こうに行ってしまった。
ツォンガはここまで3試合の相手とはちょっと訳が違う。個人的には、センスに関しては錦織くんと遜色ないレベルのように感じる。ただ、その才能をどう生かしたらよいのか未だに掴めていないため、グランドスラム決勝進出が一度に留まっているだけで……。しかし、錦織くんにとってはがむしゃらに向かってくる相手より、ツォンガのような感性先行型のプレーヤーの方がやりやすいのではなかろうか。
サーブは錦織くんから。最初のゲームを40-0とリードしながら、いきなりブレークされるという嫌なスタートとなったが、さすがに慣れた。もしかして、藤原&森田のダブルスを最後まで見てから来る、という思い切った選択もありだったかも。
私の右隣には30前後と思しきカップルが座っていた。私のすぐ隣に腰を下ろした男性はオージーだが、連れの女性が日本人らしく、驚くほど達者な日本語を話している。錦織くんへの溢れる愛情を隠そうともしないお兄さんは、錦織くんがファーストサーブをミスする度にいちいち
"Oh, boy...No..."
と両手で顔を覆ったり頭を抱えて嘆き、ウィナーを決めれば大喜び。2-3で迎えた第6ゲームで錦織くんが私たちの側にやって来ると、大声で
"We love you here, Nishikori!! 頑張れー!"
と叫んだ。タイミングが良かったせいか場内から拍手も。しかし、錦織くんがブレークバックできないままスコアを重ねていくにつれ、可哀想になるほどしょんぼり。しっかりしろ、お兄さん。錦織くんはスロースターターなのだ。
実は、左隣に座るうちのダーさんの様子も先程からおかしい。指を太ももの上で細かく叩くなど、イライラしているようだ。この人が他にこの仕草をしていたのは、一昨年の全仏決勝でサマンサがスキアボーネ相手に何もできず負けていた時だけだ。ダーさんは元々ツォンガのファンで、彼がいかに素晴らしい素質を秘めた選手か語ることはよくあるが、錦織くんについてはそういうことはなかった。にもかかわらず、この大一番で錦織くんが本領を発揮できないまま試合が進んでいる状況が我慢ならないらしい。
『この人、そんなに錦織くんのファンだったっけ?』
などとぼんやり考えていたら、突如ダーさんが錦織くんに向け大声を出した。普段観戦中に掛け声を出すような人ではないので、あまりにびっくりして何と言ったかも覚えていない。錦織くんは結局そのゲームを落とした。するとダーさんは、
「……俺が声出したらゲーム落とした」
え?
「……俺のせいなん?」
ちょ、ちょっと、なんで泣きそうなん?
「違うよ。ほら、あの時計をご覧なさい。まだ始まってから30分そこらしか経ってない。錦織くんのエンジンがかかるまでに時間がかかるのはいつものことでしょう。きっとここから挽回するよ。大丈夫」
この人がこれほどまで錦織くんに入れ込んでいたとは知らなかった。家で錦織くんの試合のビデオを見ていて私が
「見てあのフォア!どうやったらあんなすごいの打てるん?」
「ちょっと、今のバックのダウン・ザ・ラインかっこいいねえ」
「よく追いついたねえ。信じられんくらい足早いわ」
「あんなすごいサーブ返すとか、天才ちゃう?」
と言っても
「そうやな」
「すごいな」
「うんうん」
「ほんまやな」
くらいしか言わなかったのに。――ここまで書いて気がついたが、いつも私が先に褒めすぎるせいで、彼が何か言うチャンスがなかっただけかもしれない。とにかく、一回りも二回りも年若い錦織くんの苦境に激しく煩悶する大の男二人に挟まれ困惑しつつ見た第1セットは、6-2でツォンガへ。こんな状況がいつまでも続いてはかなわない。助けて、錦織くん!
第2セット、錦織くんの1-0で迎えた第2ゲームはツォンガのサーブ。30-40からツォンガのワイドに切れたサーブはエースに。ところが、錦織くんはボールの落ちた場所を訝しげに確認すると、主審に何事か告げベンチに戻った。
初めはボールが疑われたようだが、どうやらコートに問題があるらしい。
「そう言えば去年、シャラポワとゲルゲスの試合でもコートがおかしかったことがあったね。どうしてボールが跳ねなくなるのかね」
などとダーさんと話していたら、見かねたのかダーさんの左隣にいた日本人のお姉さんが「あの……」と口を挟んだ。うおっ!すごい美人。
「私、そのシャラポワの試合も来てたんですけど、今日みたいに暑いと、熱でコートの表面と地面の間に空気が入ってああいうことになるらしいです」
へー。
「それで、ドリルで小さい穴を開けて空気を抜くみたいです」
ほー、そういうことなんですか。
所在なげなツォンガ。
中断を経て、最後はツォンガのダブルフォルトで錦織くんがこのゲームをブレークし2-0。第4ゲームでもブレークして4-0。さすがは錦織くん。このセットは行けそうだ。
第2セットを6-2で取り返してイーブンにすると、錦織くんはメディカル・タイムアウトを取った。右足首にきつくテーピングを巻いてもらっている。
この試合、豪チャンネル7の解説はフランス人のアンリ・ルコントだった。第3セットの中で彼が言ったことには、
「ラリーが長くなると錦織に有利だ。なぜなら、長くなるとジョーにとっては動きが複雑になりすぎるから」
「錦織はとてもとても頭がいい。時々変化をつけてくる。強打したり、スライスを打ったり、少し高めに跳ねるボールを打ったり。だから、ジョーはいちいち考えて打たなければならない。ウィナーを狙わなくちゃいけなかったり、ネットに出なくちゃいけなかったり……複雑になるんだ」
この腰の位置の低さ!膝が地面スレスレ。
時折電光掲示板に両者のアンフォースドエラーの数が出るが、ツォンガのそれは錦織くんの倍にもなっている。確かに今日のツォンガはウィナーも多いが、大事なポイントでのつまらないミスが非常に多い。せっかくツォンガの試合を見る機会を得たからには、ミスをして頭を叩いたり怒って叫んでいるところだけではなくて、ツォンガのらしいプレーも見たいような……。でも、やる時は錦織くんが困らない範囲で頼む。
第3セットは第3、5ゲームでブレークし6-1で錦織くん。1セットアップとなった。やはりツォンガとは相性がいいのだろうか。
第4セットで覚えているのは、主審側のサイドラインでインと判定されたボールについて錦織くんが2回チャレンジし、いずれも成功したことだ。遠い位置にいた私でもアウトと分かるほどだったので、暑さで線審が意識を失っているのかと思った。
5-3で迎えた第9ゲーム。ツォンガのセットポイントで、錦織くんが難しいボレーを3本連続+バックでクロスに決めたスーパープレー、続くポイントでツォンガがセンターにエースを決め、ドヤ顔を決めた場面は何度見ても最高(一番下の動画で1分辺りから)。
結末はファイナルセットへ持ち越された。過去の二人の試合運びを思い返すと、長引けば錦織くん優勢か。しかし、二人とも既に精魂尽き果てているように見えるのだが……。
お互いキープして2-1で迎えた第4ゲームはツォンガのサーブ。ツォンガのセカンドサーブを錦織くんはフォアでクロスに強打。ツォンガはこれをミス。0-15からツォンガのセカンドサーブは高く跳ね、錦織くんの頭の近くへ。バランスを崩しながら打ったリターンがダウン・ザ・ラインへウィナー。0-30からツォンガはファーストサーブを入れたが、ラリーで何でもないフォアをミスして錦織くんに3ブレークポイント。続くポイントでツォンガのファーストサーブはまたもやフォルト。ツォンガが頭を左右に振りながら打ったセカンドサーブはワイドへ。ベースラインのラリーから錦織くんがバックの逆クロス。これがサイドラインギリギリへのウィナーとなりブレーク。3-1。
第5ゲームをキープして、第6ゲームは再びツォンガのサーブ。錦織くんにとってはリターンがコードボールとなり浮き上がったところを決められる不運なポイントもあったりで、最後のリターンでは棒立ち。後は自分のサービスゲームに集中することに決めたようだ。
第7ゲーム、錦織くんはいきなりダブルフォルト。ところが続くポイントで、ツォンガも何でもないバックのスライスがロングになるミス。ここで画面に出たアンフォースドエラーは錦織くんの28に対し、ツォンガは68。15-15から錦織くんはサーブ&ボレーを試みるも、最初のバックボレーがロングにアウトとなり15-30。続くポイント、錦織くんは浅く返ってきたリターンをフォアでクロスに強打。しかしツォンガはこれを
「ウアーーーーーー!!!」
と叫びながらフォアでダウン・ザ・ラインにウィナーで15-40。えっ!まさかここへ来てついに目覚めたとか?!いや、もうファイナルで錦織くん先にブレークしたし、もう今日はいいから!実力はまた次の機会に見せてくれたらいいから!起きるなーー!!寝ていて下さい!!
1本凌いで30-40。ラリーからツォンガはバックで強めのダウン・ザ・ラインを一本。クロスに返ってきたボールを今度はフォアのダウン・ザ・ラインに打ち前に出てきた。錦織くんはバックサイドに走りながらツォンガの動きを目の端に見ていたのか、ネットに出てきたツォンガの足元、バックに差し込むように落ちるショット。不意を突かれた感じのツォンガは、ラケットにかろうじて当てるのが精一杯。転々と転がるボール。この場面でそんなショットを打つか!デュースからはツォンガがリターンを2つ続けてミスしてキープ。5-2。
そしてついに迎えた第9ゲームはサービング・フォー・ザ・マッチ。長いラリーから錦織くんはフォアのダウン・ザ・ラインを強打して15-0。ツォンガがリターンでイージーなミスをして30-0。そして、197kmのファーストサーブがセンターに決まり40-0!キャーーー!隣りの日本語ペラペラお兄さんもすっかり舞い上がった様子で、私に向かって言った。
「初めて!」
え、何が?あ、エース?今日まだ打ってなかったっけ?興奮し過ぎて、もう何が何だか分からない。ともかくマッチポイントだ!!
錦織くん、あと一本!
一つ返され、最後のポイントは慎重なラリーからツォンガがフォアでストレートにアプローチを打ってネットへ。ツォンガが最初のボレーをバックでクロスに落とすのを読んでいた錦織くんも前へ。ネットに突っ込みながらこれをバックで緩くクロスのオープンコートに返して決めた。
やったーーー!錦織くんが勝った!!強いのは知ってたけど、まさか本当に勝つとはな!まったくすごい男だよ、あんたは。
総立ちの観客の大歓声に応えると、ベンチで一息。
歓声が聞こえると思ったら、ツォンガがリストバンド、タオル、シューズまでポンポン客席に放り込んでいるところ。
生中継だったので、有名どころのトッド・ウッドブリッジがインタビュアー。
錦織くん、暑い中最後までよく頑張ったぞ!初めてのグランドスラム・ベスト8おめでとう!!
Men's Singles - 4th Round
錦織圭(JPN)[24] def. Jo-Wilfried Tsonga(FRA)[6]
2-6 6-2 6-1 3-6 6-3
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帰宅して、夜この試合のビデオを見ていて驚いたことがある。テレビの画面を通すと、第5セットの二人は大して疲れてなさそうに見えるのだ。こんなの全然違う!会場で見た錦織くんとツォンガは最後明らかに体力の限界という感じだったのに、どうしてこんな事になるのか。
テレビはありがたい存在だけれど、何でもかんでもありのままに伝えられるわけでもないらしい。
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各セットのセットポイントを中心にまとめた動画はこちら。
Tennis Magazine (テニスマガジン) 2012年 04月号 [雑誌]
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こみねさんはじめまして。
ReplyDelete2005年辺りから、ずっとブログを楽しんで読んでいます♪
(ずっと読み逃げしてました・・・)
こみねさんが書くブログはいつも軽妙で面白いですね。
あ、NO WORRIES DIARYも更新を心待ちに読んでいます。
最近は諸事情により、ゆっくり観戦する事も出来ないため、
こみねさんの情報が本当にありがたいです。
私自身は観るのが好きなだけで、テニスは全く素人なのですが、
ツォンガを見ていると何となくサフィンとイメージが被る感じがして、
容姿は全く違うのにどうしてかな?ってずっと思っていたんですけど、
「その才能をどう生かしたらよいのか未だに掴めていない」
という行で、「あー、それかー」とスッキリしました。
ありがとうございました。
これからも更新楽しみにしていますね!
ぱぺぽさん、はじめまして。
ReplyDelete05年から!始めて間がない頃ですね。途中何度も更新が止まったのに、辛抱強くお付き合い下さってありがとうございます。読み逃げ大歓迎です。もう一つのブログも年に数回の更新となってしまっていてすみません。
いい年こいて毎日会場に通いつめた話を晒すなんて恥ずかしい気もするのですが、いつまでこういう生活ができるかも分からないので、せめて楽しかった思い出を記録しておこうかと。これからもぱぺぽさんに楽しんで頂ければ幸いです。
ツォンガとサフィン、言われてみれば似てるところがありますね。ツォンガも是非2回くらいグランドスラムで優勝してほしいものです。
ツォンガは、なぜ錦織くんに勝てないのでしょうか?
ReplyDeleteこれまでに2回負けているので、この日は相当気合を入れて勝ちにくるだろうと思っていたのですが。
錦織くんに翻弄されて、ミスを増発させられてしまうんでしょうか?
メンタルは錦織くんの方が安定していますもんね。
ツォンガは、最後ネットを越えて、錦織くん側まで来て握手してましたね。
ルコント氏は解説もできるのですね??
私のイメージでは、サッカーの松木さんみたいな感じなのですが…(失礼)
ツォンガははまったら凄いんですけど、頭を使わなければならなくなると自分のペースに持ち込めないんでしょうかね。よく分からないんですけど。
ReplyDeleteルコント氏が松木安太郎……その推理はあながち間違ってはいません。素晴らしいショットが出ると「ウホホホホホーーーー!What a shot! Look at that! 」と絶叫するのがルコント氏の常。
フランスの人は最終的に試合に勝つことよりも、技が多彩で見ていて楽しい選手かどうかにより重きを置いているように感じます。きっと仏ファンの多くが錦織くんのプレーを気に入ると思います。もちろんルコント氏の錦織くんへの評価も高いものでしたよ。